産後クライシスには意味がある - Father's Eyes

2013年11月17日

産後クライシスには意味がある 


NHKの朝の情報番組をきっかけとして、「産後クライシス」という言葉が話題になり、取材班が著した書籍まで売れている。

その書籍では、「産後、夫婦の愛情が急速に冷え込むこと」を産後クライシスと定義している。

そういう意味であれば、産後クライシスは今に始まったことではなく、古今東西で報告されている。

 

トロント大学の調査では、産後の女性では一般的に、最初の数週間にわたって、夫に対する「肯定的感情」が減少することが報告されている。

目白大学の心理学教授小野寺敦子氏は、「親になることにともなう夫婦関係の変化」という論文で、親になる前に比べて、親になって2年後、3年後では、夫婦ともに相手への「親密性」が低下することを明らかにしている

まさに産後クライシスである。

 

また、イタリアで行われた小規模な研究では、産後の敵対的感情には母乳の分泌を促すホルモン・プロラクチンのレベルの高さが関与していることが報告されている。

動物の実験でも、プロラクチンが母親を大胆不敵にすることが報告されている。

子連れの母熊が、近寄るものすべてを威嚇するのも同じ理由だろう。

女性はホルモンの力をもらった産後の日々に、自分がどれだけ怒りの感情を抱けるかに気付くのだ。 

これこそ産後クライシスの背景にある生理作用である。

つまり、産後クライシスの、「トリガー」を引くのは夫ではなく、生理作用であることは、出産・育児にかかわる人の間ではほぼ常識だ。

私も産後の夫婦関係に悩む父親へのカウンセリングでは、「ホルモンのいたずら。悪いのは妻でもあなたでもない」ということをやんわりと伝えることがある。

 

ただ、たしかに産後のつらい時期をパートナーである夫が理解してくれないというのは大問題である。

それが、産後クライシスという火に油を注ぐことは確かだ。

それはそれで父親の自覚というものを猛烈に促したい。

しかし、産後クライシスを、「育児・家事をしない夫が悪い。だから妻たちは苦しんでいる」と描くのは少々短絡的すぎる。

 

さきほども触れたように、目白大学の心理学教授小野寺敦子氏は、2005年に「親になることにともなう夫婦関係の変化」という論文を発表している。私も当時、小野寺氏から直接論文を見せてもらった。まさに「産後クライシス」について学術的な分析をしているのだ。(実は私が「パパの悩み相談横丁」をやろうと決め、心理カウンセラーとしての勉強をはじめたきっかけはここにある。)

論文はこちらで日本語で読める。→ http://ci.nii.ac.jp/naid/110003162147

 

親になる前、親になった2年後、親になった3年後のそれぞれの時点での、夫婦それぞれの親密性、我慢、頑固、冷静を数値化し、評価した。それによれば・・・

・夫婦ともに親密性得点が親になる前に比べ親後2年になると有意にその値が低くなっていた。

・親密性得点は子どもの誕生前には妻の方が有意に高かったが、親になると両者の得点間に有意さは見られなくなっていた。(ここ、ベネッセのデータと違うところ。妻の方だけが冷めるということはない)

・親になった当初は親密性は低下するものの、親になって2,3年が経過するうちに安定した状態になる。(ベネッセのデータでは産後2年までしかフォローしていない)

・夫から妻への親密性を低下させる要因は、妻が子どものいる生活にイライラしていること、夫の労働時間が長いこと、さらには妻が仕事をしていることが関連していた。

・妻から夫への親密性を低下させる要因は、夫の育児参加量が少ないことと子どもが育てにくいと思うこと、さらには自分が仕事をしていることだった。

・妻の頑固得点は母親になって2年後そして3年後になるにつれて高くなっていた。女性は母親になると毎日の育児に追われイライラすることも多くなるが、そうした苛立ちが夫に頑固になる原因かもしれない。

・夫に親密な感情をいだく妻は、子育てで嫌なことがあってもそれを我慢するのではなく、夫に積極的に話しているようだ。ところが夫の我慢得点は妻の得点よりも3期にわたって有意に高かった。これは夫が妻の機嫌をうかがい嫌なことがあっても我慢している傾向を示している。

・ふたりだけの恋人同士に近い親密性は親になると急激に下がるが、それに替わって夫婦としての絆とでもいうべき別の意味での親密性が夫婦の間に生まれそれが一定の状態で安定して推移していくことが推察される。すなわち夫婦関係の質が親になると変化していくことが考えられる。

まさに産後クライシスのプロセスを客観的に説明しているのではないだろうか。

 

また、1990年にアメリカで、働く両親を対象に行われた調査では、次のようなことが報告された。

・父親の場合、同僚や上司と衝突した日に帰宅すると、いつもより子どもの相手をしなかった。ほとんどの場合、自室にこもってしまった。

・母親の場合は仕事でストレスを感じた日は帰宅してから子どもの相手をいつもよりよりよくすることがわかった。いつもより楽しく子どもの世話をしていた。

ストレスを感じたとき、男性は子育てから遠ざかり、女性は子育てに向かうのである。

ということは、産後クライシスで、夫婦間の緊張が高まると、男性はますます子育てから遠ざかり、女性はますます子育てに向かうという作用が働くと考えられる。

自然の采配により、夫婦の間の溝がますます深まるわけだ。

 

さらに、UCLAの心理学者シェリー・E・テイラーは、「女性は人に頼る方法でストレスに対処する傾向が男性より強い」と主張している。

これらをおおざっぱにつなげて考えると、、、

「産後クライシスのストレスで、女性はますます子育てに向かい、かつ、まわりの人に頼ろうとする。そのとき、夫は、逃走する」

という構図だ。

昔はそれで良かった。

子育ては夫婦というより、大家族や地域で行っていたから、妻のストレスは解消されやすかった。

でも核家族において、女性が頼れるのは夫しかいない。 

しかし、産後クライシスの中で、男性が子育てに向かうということは、子育てから逃走したくなる本能に逆らう強い意志をもたなければならない。

・・・ということを、決して男性の肩をもつわけではなく、まずは予備知識として知っておいてほしい。

 

そのうえで、ではどうすればいいのか。

ここで心理学の家族システム論的な考え方を紹介したい。

詳しく書くと、専門用語だらけで難解になるので、ここでは平易な言葉だけを使う。

背景理論を知りたい場合は「心理学的に見た産後クライシス」のほうを読んでいただきたい。

  

家族システム論的にとらえれば、産後クライシスというような現象は、夫の無神経というような局所的な不都合から生じるものではなく、実はもっと構造的な問題であるといえる。

「気付かない夫が悪い」というようなレベルの話に矮小化してしまえば、ますます家族の機能不全が増える。

冒頭の書籍を読んで、そのミスリードが非常に気になった。

 

 
産後クライシスは、思春期の子どもの反抗期のようなもの。
起こる現象だけを表面的に見れば、やっかいに見えるが、それにはちゃんと意味があり、成長のために必要なもの。
夫婦の成長のために欠かせない発達段階のひとつといえる。
 
あるいは風邪にたとえてもいい。
産後クライシスは、夫婦関係の変化によって引き起こされる風邪のようなもの。
子どもができることによって、夫婦関係は、ふたりきりのときの関係性からは当然変わらなければならない。
季節の変わり目に風邪を引きやすいように、ふたりの関係性が変化するときには人間関係も風邪をひく。
たしかに風邪もこじらせれば死にいたる。
しかしほとんどのひとたちはそれを何とか乗り越える。

そして免疫を身につける。

 

繰り返すが、産後、どうしたって、妻から夫への愛情曲線は低下する。
妻は、思い通りに動いてくれない夫にイライラする。
夫は妻の言動の真意がつかめず、おろおろしたり、距離をおいたりする。

 
しかし悪いことばかりじゃない。産後クライシスを通して学べることがあるのだ。

妻は、思い通りにならないことへの適応力を高める。これが子育ての予行練習にもなっている。
夫は、理不尽なことを受け止める懐の深さを身につける。長い人生において、理不尽に際しても、家族を守る覚悟ができているかどうか、試されているのだ。
また、妻も夫も、不平や不満があるときには口に出せばいいのだということを学ぶ。

そして、夫婦喧嘩に際しても、いつまでも不平や不満をぶつけるだけでなく、お互いに、相手を思いやり、助け合わなければ解決できないことがあることを学ぶ。

これが免疫をつけるということ。

 

夫が仕事にかまけて育児を妻任せにすることも許されないし、妻が産後クライシスを免罪符にして横暴に振る舞うことも許されない。
お互いに、相手を理解し歩み寄る訓練の場として、産後クライシスは存在しているのだ。
子どもを育てている中で、さまざまな困難や危機に際しても、コミュニケーションパニックに陥ることなく、ふたりがいつでも力を合わせることができるように、ふたりの関係を強めるための訓練なのだ。

ときにはガツンとぶつかってもいい。大変だがしかしそれも決して無駄にはならない。

最終的にお互いを認め合うことができれば、夫婦関係の成長というかけがえのない見返りが待っている。

それこそが、小野寺教授が指摘する、「ふたりだけの恋人同士に近い親密性は親になると急激に下がるが、それに替わって夫婦としての絆とでもいうべき別の意味での親密性が夫婦の間に生まれそれが一定の状態で安定して推移していくことが推察される。すなわち夫婦関係の質が親になると変化していくことが考えられる」ということではないか。

 

 
そう考えると、むしろ産後クライシスがない夫婦のほうがあぶない。

子どもが、反抗期を経験しないまま大人になるようなものだ。
夫婦が成長するために必要な試練を経験していないということだ。
長い人生の中で、これからやってくるであろうさまざまな危機に対処する免疫がつくられない。
 
子どもの反抗期を回避しちゃいけないように、夫婦間の産後クライシスだって回避しちゃいけない。
そもそも回避しようとしたってうまくいかないからそれ自体がストレスになる。

 

私が運営する「パパの悩み相談横丁」に寄せられるパパからの悩みの9割は夫婦関係。

パパもママを思いやらなければいけないことはわかっているのだ。

しかし、多くのパパは、「家事をやっても育児をしても、やってもやっても認めてもらえない」「いわたりやねぎらいが大切と聞いて、実行してみても、効果は限定的」と嘆く。

「やり方が悪いのでは?」という指摘もあるだろうが、そうも言い切れない。

産後クライシスに突入してしまっている妻は、どうしても夫のあらをみつけてしまうのだ。

脱ぎっぱなしはやめようとか、お酒飲んで帰るのはやめようとか、どんなに気を付けていたって、最後は「体臭が気に食わない」とかいわれて、八つ当たりされた事例もある。

やってもやっても認められず、八つ当たりされ、限界になって、他人に相談したときに、「奥さん大変なんだから、あなたが受け止めなきゃ」ともっともらしいことを言われて、孤立無援と感じるパパも多い。そういうパパが私のところに相談を寄せる。

 

「産後クライシスは、どうやら、育児や家事をがんばったり、敏感に妻を思いやったりしていれば回避できるものでもない」と私が考えるようになったのは、このためだ。

 

私が産後クライシスに苦しむ父親たちからの相談を受けた経験から、ひとついえることは、実は、産後クライシスをこじらせてしまう父親に共通しているのは、妻を「母親」としか見られなくなっていることなのだ。「育児や家事を、やってもやっても認めてもらえない」と嘆く夫は、「母親としての妻を、父親としてサポートする」という意識になってしまっていることが多いのだ。父親としての役割に意識を向けすぎなのだ。まじめすぎるのだ。

大切なのは、夫婦が夫婦であることを「当たり前」だと思わず、お互いに、男女として、また1人の人間として、愛し敬い続ける意識を持つことだ。それが結婚の基本。基本が崩れていれば愛情を感じなくなるのは当然だと考えられる。

大変残念だが、あの本に書かれていることをすべてやっても、多分、産後クライシスに陥っている夫婦の状態はそれほど変わらない。回避できない。

問題はそんなに単純じゃない。

 

たとえば風邪をひいたときに発熱するのには意味がある。
体温を高くして、抵抗力を高めるのだ。
しかし発熱という現象だけを捉え、それを悪いものだと思い込み、対症療法的に解熱剤を飲むようなことをしてしまうと、本来的にはよくない。
また最初から抗生物質に頼ってしまうと免疫がつくられない。
 

同様に、産後クライシスを回避するために、たとえば夫が、妻を、腫れ物に触るような扱いをして、その場しのぎ的にご機嫌をとるというのも対症療法的だ。いつまでも効果は持続しない。
夫が無理をして、「都合のいい夫」を演じていれば、たしかに産後クライシスという「発熱」は一時的にはおさまるだろう。
しかし、それでは免疫がつくられない。
問題を先送りしているだけだ。

のちのち、かなりの確率で「熱」がぶり返すことになるだろう。

子どもの反抗期・独立、妻の職場復帰、夫の転職、セックスレス、病気やケガ、退職など、再び家族システムが揺らぐときに……。 

 

ある心理的研究によると、25年以上の結婚歴をもつ人々を対象とした調査の結果、彼らに共通する要素は、夫婦の間に問題がないことではなく、むしろさまざまな葛藤、あるいは不一致に遭遇しながらも、夫婦がジレンマを乗り越える希望を失わず、ある種の楽観主義を持ち続けていたことであった。

  
産後クライシスを悪いこととして捉えるのではなくて、夫婦が成長する機会だと思って、前向きに捉えることが大事なのだ。
  
 
もし、今ことさら産後クライシスが脅威となっているのであれば、それは夫の無神経とか、妊娠・出産に対する世間の無理解とかいうミクロなことが理由ではなく、夫婦関係以前の基本的な人間関係の構築方法において、十分な免疫がつくられていないまま夫婦になる人が増えており、ただの風邪である産後クライシスに耐えられない夫婦が増えているというマクロな問題を指摘するほうが理にかなっているように思う。
  
産後クライシスというネーミングや着眼はいい。
育児関連の書籍がこれだけ売れることは珍しい。
せっかくこれだけ話題になるのだったら、産後クライシスのネガティブな側面だけではなく、もっとポジティブな意味合いがあることを、もう少し丁寧に見てほしかった。
 
少なくとも、このコラムを読んでくれた皆さんには、産後クライシスを恐れるのではなく、成長するための試練として、前向きにとらえてほしい。

育児・教育ジャーナリスト おおたとしまさ

☆著書『子どもはなぜ勉強しなくちゃいけないの?』など http://amzn.to/UjXIGc

☆web site「パパの悩み相談横丁」http://www.papanonayami.net

☆facebook 「おおたとしまさ」http://www.facebook.com/otatoshi

☆twitter 「おおたとしまさ」https://twitter.com/toshimasaota



コメント

日野のり子 - 2014年6月23日 (月) 10:17

産後クライシスに関するご意見、拝読しました。得心いたしました。

お恥ずかしながら、私は本来風邪程度のハードルである産後クライシスを
乗り切ることができなかった者です。

文中にありましたように「腫れ物に触るように」接してきた元夫に対し一層苛立ちを感じ、
相手の気遣いがかえって私の怒りに火をつけました。
声を荒げたり暴力に訴えることはありませんでしたが、
「自分はできるだけのことをした」という元夫の話は、私にとって「批判」しているようにしか
感じられず、最終的に乗り越えることができませんでした。

ご指摘の通り、産後クライシスは成長過程においてクリアできなかった課題が、
産後のタイミングにホルモンの影響もあって表面化するということで、
それまでに対人関係に関する基礎体力を培っていれば乗り切れるものだと思います。

今後もさまざまな事象にかんする深遠な分析を拝読できるのを楽しみにしております。


- 2015年5月 2日 (土) 20:47

産後クライシスが必要という事は同意。
それ以外は本気でわかってないなこの人。
偉そうに長々と語っても浅い。
出産して10年以上たちますが、
文章を拝見して産後クライシスの時の10倍は
イライラしました。