心理学的に見る産後クライシス - Father's Eyes

2013年11月19日

心理学的に見る産後クライシス 


産後クライシスを、心理学の家族療法に用いられる有名な理論の「ボーエン理論」的な観点からとらえてみようと思う。

「ボーエン理論」とは、家族を一つの「情動システム」として捉え、個々の家族メンバーが相互に影響し合ってバランスを保っているとする考え方だ。

そして、家族メンバーの一人ひとりは、家族の一部であろうとする力と独立した自己であろうとする力のバランスを保っている。

独立した自己であろうとする力が勝っているとき、「分化度が高い」と表現する。

家族内のメンバーは、それぞれお互いに感情的に反発し合って交流している。

複数の磁石がともに反発し合いながら微妙なバランスを保っているのをイメージしてほしい。

その中で、分化度の高い人は、理性が優位で、感情的になりにくいという傾向がある。

自己が確立し、ほかの家族メンバーの感情的交流に過敏に反応しない状態が、分化度が高い状態だといえる。

子どもが成長し、反抗期を迎え、家族から分化していく過程で、感情と理性のバランスが、理性優位になっていくと考えられている。

 

感情のバランスは、たとえば子どもの成長、家族メンバーのケガや病気、もちろん家族メンバーの死などで変化する。

そのたびに、家族メンバーは相互補完作用を働かせることで、家族システムを保つ。

家族の誰かが大きな不安を抱えているときにも同様のことが起こることが十分に考えられる。

たとえば父親がアル中になってしまった場合、妻が父親の役割を補完しようとする。そして母親の役割を子どもが補完しようとする。

この状態が続くと、お互いに分化度は下がり、感情的になりやすい。家の中は常にごたごたするわけである。

そしてそのまま、ある種の共依存関係が維持されてしまう。

「補完してくれる家族がいることで、父親はアル中で居続けられる」という構造的なとらえ方を家族療法ではする。

父親のアル中を治すためには、その構造を変えなければならないという考え方をする。

 

産後クライシスも、出産というはじめての体験、新しい家族メンバーの加入、子育ての先行き不安などという大きな変化によって、家族システムが揺らいでいる時期に起こることと考えることができる。

相互補完作用をするために、激しく感情の交流がなされる。

一時的に夫婦の分化度が下がる。

 

だから、そこで、お互いの分化度を上げなければいけない。

自分の考えや感情を相手のせいにせず、家族の一員でありながら、独立した個人として振る舞わなければいけない。

だが、出産直後の母親にはそれが難しい。

小さな命をあずかっているのだから分化度をあげろというのが無理な話だ。

大家族であれば、みんなで支えることで、そのほかの家族メンバーの分化度の低下を緩和できた。

しかし核家族において、相互補完作用をもたらせるのは、夫だけ。

子どもの成長とともに、少しずつ妻が分化度を上げられるように、夫が寄り添えればいい。

しかしそれも理想論。実際には至難の業だ。

夫にだって仕事の山もある。

妻にも夫にも余裕がなくなると未解決の問題が大きくなる。

常に時限爆弾を抱えているようなものだ。

 

問題が大きくなりすぎると、情動のカットオフという形で関係を切り捨てることがある。

夫婦の場合、離婚である。

しかし、カットオフを用いると、さらに個人としての分化度は下がり、悪循環を繰り返すようになる。

問題に適切に対処せず、問題が大きくなったらカットオフするという手段を繰り返し用いるようになる。

だから離婚を繰り返す人は何度も繰り返す。

 

逆に、夫が妻の情緒的役割を過剰に引き受ける(不機嫌でいるときにご機嫌を取るようなことを過度に続ける)と、妻の分化度は下がったまま戻らない。

分化度が下がったままであると、どちらか一方がもう一方に依存するような関係になってしまう。夫婦は共依存の状態に陥る。身動きがとれなくなるのだ。

夫がつらいだけでなく、妻も得体の知れないつらい状態が続く。

そういう夫(いつもだめだめで、自分に怒られてばかりいる夫)がいなければ自分が保てなくなるからだ。

(家族システム理論では、たとえば母親が子どものことを「ダメな子」だとなじり続けるのは、「だからあなたには私がいなければいけないの」ということを子どもに認識させ、自分の存在意義を子どもに依存していることだととらえる)

だから、夫が妻のご機嫌を取り続けるのもNGなわけだ。

さらに、夫婦の分化度が低い場合、それが次世代にも伝播することが知られている。子どもにも悪影響があるわけだ。

 

ではどうすればいいのか。

心理カウンセラーなど専門家にたよるのでもなければ、普通の人が意識的に分化度を高めるのは至難の業だ。

そんなときに夫婦だからこそできることがある。

それが、問題が大きくなる前に、ぶつかっておくことだ。

本音をさらけ出し、お互い一個人として認め合うことだ。

 

もちろん出産直後の女性はそれどころではない。

そこには夫として最大限の配慮が必要だが、それとてその場しのぎでしかない。

その程度のことで産後クライシスが回避できるものでもない。

ただでさえ産後は妻も夫も分化度は下がっているのだ。

感情的になりやすい。

相手の嫌なところばかり見えてしまう。

夫がどんなに家事や育児をやっても、妻はそれを認めたくない気持ちになる。

夫がどんなに気遣いをしてくれても、妻の目は無神経なところばかりを見つけてしまう。

考えられる限りありとあらゆる家事や育児を担当し、酒を飲むことも、洋服を脱ぎ散らかすこともやめたとしても、「あなたの体臭が気になる」などといって、ダメ出しをされる事例もある。

八つ当たりに耐え、子どもの成長とともに、少しでも妻の分化度が高まるのを待つしかない。

たくさん耐えられる夫なら、妻ができるだけいい状態まで回復するまで、直接対決を遅らせることができるだろう。

しかし限界がある。

いや、いつまでもガマンするのは良くない。共依存関係になってしまうから。

直接対決もすべきときにはすればいいのである。

それはそれはつらい思いをお互いにするだろう。

しかし、それを乗り越えて、お互いを受け入れられたとき、夫婦はまた一つ成長するのだ。

 

出産は、家族システムが揺らぐ大イベントである。

しかし、そのようなクライシスは、長い結婚生活の中ではたびたび起こる。

子どもの反抗期・独立、家族メンバーの病気・怪我、もっと身近なことでいえば転職や退職なども同様のクライシスになる。

産後クライシスをきちんと乗り越えてこなかった夫婦は、これらのクライシスに際して、毎度うろたえることになる。

産後クライシスを小手先で回避してしまったり、共依存関係に陥ったままにしてしまうと、どのみちあとあと問題が表面化することになるのだ。

育児・教育ジャーナリスト おおたとしまさ

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